中吉さんと待ち合わせ

県太郎です。

今朝、植木鉢のサツマイモが気になり早起きをしました。

6月に植えた苗が、長い蔓と大きな葉になってベランダ中に広がっていました。

約4ヵ月ほとんど水をあげなかった横着な僕だけど、カレンダーにはちゃんと収穫日の三文字が書き込まれてありました。

久しぶりにベランダを覗きました。2週間前の光景とあまり変わらないようでした。

この2週間は雨が続いてベランダは使えず、1DKの狭い空間では毎日乾くことのない部屋干しが繰り返されていました。

今日も雨雲が通りを濡らしています。

ポリエチレンの植木鉢はいとも簡単に劣化し、ホームセンターで見た鮮やかなグリーンは失われていました。

安物買いの銭失いです。

サツマイモを掘り起こす(正確には引っこ抜く)と細く小さい根のままでした。蔦も葉も枯れてカサカサと音が鳴りました。

長く続いた雨は町全体を濡らしていましたが、そんなことは屋根の下のサツマイモには全く関係がなかったようです。

 

昨夜からつけっぱなしのFMが8時を知らせていました。

歯を磨き、着替えます。

こうして僕の休日ははじまりました。

 

待ち合わせは9時です。

駅近くのレトロな喫茶店、窓際の席にはもうすでに先客がいます。

遅刻したかと思い扉を開けると、先客の正体は近所のおばあさん二人でした。

いつもの席に腰かけるとお店のおばちゃんがお絞りと水を持ってきてくれました。

「紅茶を下さい」

「レモンは大丈夫?」

「はい」

「紅茶、レモン、と」

伝票を書いておばちゃんがカウンターに入っていきました。

埃をかぶったテレビを見ると、川原に落ちているような石が映っていました。

その映像はワイドショーだと知り少し驚きでした。

川原の石を大量に載せた貨物乗用車が夜中の国道で横転し、路上に石が散乱したという報道でした。

どうして石を載せたのだろう。どこに行くつもりだったのだろう。

路上の石に足元を取られた後続車が対抗車にぶつかり、怪我人は2人、石を運んでいた19才の女は書類送検されたという。

警察の調べに対し女は「ただ石が欲しかった」だそうです。

 

「はい、紅茶ね」

気が付くと紅茶と小皿に乗せた輪切りのレモンが運ばれていました。

「お砂糖とミルクは大丈夫?」

「はい大丈夫です」

ここで事件は起きました。

おばちゃんは砂糖とミルクの容器をテーブルに置かず、それらを持ってカウンターに戻っていきました。

僕は砂糖とミルクがないと紅茶は飲めません。

"レモンを付けても大丈夫?"

"砂糖とミルクは付けなくても大丈夫?"

おばちゃんの問いには大きな落とし穴があったのです。

そう、わかっています。大丈夫という曖昧な返事をした僕が悪いのです。

とはいえ、もう一度言いますが僕は砂糖とミルクがないと紅茶は飲めません。

おばちゃんはカウンターに肘を付いてテレビを見ています。

すみません、お砂糖とミルクをください。

僕の声は小さすぎて誰にも聞こえませんでした。

ただ湯気の立つ紅茶を見ているだけでした。 

 

カラン、コロン。

扉が開くと、照れくさそうな中吉さんの姿がありました。

とても40代には見えない禿げた頭と、みすぼらしい薄手のコートはねずみ男を連想させます。

「遅れてごめんよ」

「全然大丈夫です」

 

続く