僕だけのいじめっ子
やりたいことやればいいんだよ。
中学3年の夏、軍ちゃんはファンタグレープをラッパ飲みしながら僕にそう言いました。
軍ちゃんは中2の夏のプールの時に軍足姿がクラスメイトに露呈してしまい、それ以来軍足というそのままのあだ名がつけられてしまったその軍ちゃんです。
軍ちゃんはいつも僕にだけ偉そうでした。
つまり軍ちゃんはクラスのいじめられっ子です。
そして、つまり、僕はクラスで孤立した存在です。
僕にとって軍ちゃんだけが話し相手でした。
でも僕は心のどこか隅っこで、軍ちゃんをバカにしていました。
だから「やりたいことやればいいんだよ」というその言葉は、何一つ心に響かないのです。
受験勉強をそろそろ始めよう、と思った日に限って予定を抑えてくる軍ちゃんにその頃僕はとてもイライラしていました。
ある日の下校中のこと、近くから軍ちゃんの声が聞こえてきました。
「ないよ、何もないよ」
「あるだろ」
「だから、無いって」
もう一人の声はハシブトだろうか。
ハシブトは誰彼構わず絡んでいく嫌な奴で軍ちゃんさえも嫌っている男なのです。
押し黙った軍ちゃんの横顔が見えました。
翌日から軍ちゃんは学校を休みました。
そしてそれ以来会うことはありませんでした。
僕は本当に孤立してしまい、居場所のない教室で息を押し殺していました。
僕にとっての軍ちゃんはいじめっ子でした。
ただそれだけの関係です。
今日はそんな軍ちゃんのことを思い出しました。
今、軍ちゃんはやりたいことができていますか。
いや、今でもやりたいことはありますか。
僕はやりたいことがありません。